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福岡地方裁判所直方支部 昭和40年(ワ)69号 判決

主文

被告は原告に対し、金十五万円及びこれに対する昭和四〇年九月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告の平分負担とする。

この判決は第一項に限り、原告において金五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三十万円及びこれに対する昭和四〇年九月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告と、被告は昭和三四年九月頃より内縁関係を結び、昭和三五年六月一五日婚姻した。

被告は原告と婚姻前、昭和二八年二月二四日頃訴外畠田和子と婚姻して長男博文をもうけ、昭和三一年二月二日同女と離婚して同女に右博文を引取らせ、昭和三三年六月一三日頃、訴外今村初江と婚姻、次男純治をもうけ昭和三五年二月二二日同女と離婚し、右純治は被告が引取つて、前記原告と婚姻の際連れ子して来たものである。

二、原被告間には結婚後間もなく長女教子が出生したが、当時被告は虚弱で就職も意に委せず、かつ簿給であつたため、家財道具等も原告の父赤木栄作の援助で幸うじて買い整える状況であり、時には原被告夫婦の生活費さえ右の援助によらねばならないことが少くなかつた。

三、かかる状況のところえ、さらに被告の知人の身体障害者某が居候するようになり、また被告の母野中キワ(六六才)も呼びよせて同居するようになつたので、生計は益々苦しくなり、原告の父から三年の間約六万五千円を借用してようやく生計を維持して来た。

原告は、かかる環境のもとで、被告の連れ子及び長女教子の養育に努力し、夫や母に仕え、さらに生計を助けるため「うどん工場」の女工となつて共稼ぎをする等、妻として或は嫁として出来る限りの努力をし、苦しい家計の中から少しずつ家具類を買い整える等一心につとめた。

四、ところが、これに対し被告及び被告の母親は何かにつけて原告を冷遇し、さらに暴行傷害さえ加え、ついには後記のごとく理由もなく出て行けと怒鳴り、全く妻として母として嫁としてこれを遇さなかつた。すなわち、

(イ)  昭和三五年四月頃、原告は妊娠六ケ月の身重の体であつたが被告から手拳でまぶたの上や左の腕を殴打され黒いアザが残つた。

(ロ)  昭和三六年八月頃、原告が隣家に貰い風呂に行つた際、帰りが遅いといつて、被告は物指で原告の顔面、胸部、腰を殴打し、そのため原告は流血してしばらくの間顔面がはれ上つた。

(ハ)  昭和三七年五月頃、被告は、原告が風呂を無断でわかさなかつたといつてタバコケースを胸に投げつけた。

(ニ)  同年七月三一日頃、原告が勤務帰りのつかれのため夕飯の仕度をおくらしたところ、被告はこれを怒り、物指で原告の顔面を殴打しこのため原告の顔面ははれ上つた。

五、以上のような被告の虐待行為に対し、被告の母はこのような乱暴を黙視して制止せず、昭和三七年八月七日頃、原告が実家の墓掃除のため実家に帰宅した際、身体に倦怠を感じ医師の診察を受けたところ、「かつけ症」と診断され、四、五日休養するように指示されたが、それより約一週間程前被告から殴打されたこともあつて被告方では倒底満足な療養ができないと考え、墓掃除のついでに実家で二、三日休養することにしてその夜実家に泊つたところ、その翌日被告が実家に来て「何をしているか。養生をするなら自宅に帰つて養生せよ」と口やかましく言うので、原告もやむなくその翌日自宅に帰宅したが、被告も被告の母も原告を快よく迎えず、全くものを言わず、さらに原告が身体が悪いため仕事に精出すことができなかつたところ、被告は原告に対し「なぜぶらぶらしているか。かつけ位で休まにやいかんのか。どこの病院でも身体がきついと言えばかつけと言うわい。」「それでやりきらんなら出て行け。帰つて来なくともよい。」と怒鳴り、同人の母もこれに同調して悪口雑言をたたいた。そのため原告は今後いかようなる虐待を受けるやもしれないと恐ろしくなり、しばらく実家に帰つて養生をしようと思い、たまたま昼寝をしていた長女教子を連れていこうとしたところ、被告の母が箒を持つてきて原告から教子を取りあげ「教子に手一本出してみよ、手も足も叩き折つてしまうぞ。」と申し向けたので、原告は自分の実子すら連れて行くことができず、やむなく教子を被告方に置いたまま一応実家に帰つて養生することにした。

六、その後原告は再々被告方をたずねて、教子を実家の方に連れて行きたいと懇願したが、被告は全くこれに耳をかさず、「出て行け、出て行け。」というばかりであつた。

以上の次第で、原告は被告並びに被告の母から物身両面の甚しき虐待と苦痛を受け、妻として被告方に留ることができないような扱いを受けたため、並びに被告及び被告の母が全く原告を受け入れようとしないため、やむなく被告との離婚を決意し、被告に対し離婚並びに実子教子の親権者及び監護者を原告と定めること等を求めるの民事訴訟を提起し、昭和四〇年二月二四日、原告と被告を離婚する、原被告間の長女教子の親権者及び監護者を被告と定める等の趣旨の判決を受けた。

以上の状況で、原告は被告から物心両面に耐え難い虐待を受け婚姻を継続し難くなり、さらに母親として血を分けた実子すらも手許に引取ることができないで離婚のやむなきに至つたもので、これによる精神的苦痛は被告から金三十万円の支払を受けるもなお慰藉され難い。

よつて被告に対し、右離婚による慰藉料金三十万円及びこれに対する本件訴状送達の日たる昭和四〇年九月二八日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の抗弁に対しつぎのとおり述べた。

抗弁事実中財産分与の判決があつたことは認めるがその余は否認する。本件慰藉料請求権は離婚を原因とする精神的苦痛に対する損害賠償であるから、その時効の起算点は昭和四〇年二月二四日である。従つて被告主張の時効はまだ完成していない。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

請求原因に対する答弁としてつぎのとおり述べた。

第一項は認める。

第二項中長女出生の実事は認めるが、その余は否認する。

第三項、第四項、第五項は全部否認する。

第六項中、原告が被告に対し、離婚並びに実子引渡の民事訴訟を起し、原告主張の日その主張のような内容の判決があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

抗弁としてつぎのとおり述べた。

一、仮りに原告主張の暴行その他虐待の事実があつたとしても、それを原因とする慰藉料の請求権はすでに昭和四〇年八月一六日をもつて消滅時効が完成しているのでここにその時効を援用する。

慰藉料の請求権は不法行為による損害賠償の請求権であるから、その行為の時より消滅時効が進行するところ、原告が被告の許を去つて実家に帰つて昭和三八年八月一五日以降は原被告間にはなんらの交渉もなかつたので少くともその翌日たる同年八月一六日をもつて被告の不法行為は完成し、それ以後には離婚の原因をなすものは何もないわけであるから、消滅時効はその不法行為の発生した時点において進行を始めるというべきである。

原告の請求がその主張の暴行虐待等の個々の不法行為の責を問うものではなく、これら一連の綜合した事実によつて離婚を余儀なくされた為の慰藉料を請求するにあるとしても、、離婚の原因とするところは結局右一連の不法行為で、これによつて一方原告は被告に責任を問い、よつてもつて離婚を求めたものでその一連の不法行為そのものは別個の法律関係であるから、一般の原則に支配されその不法行為の発生した時をもつて消滅時効は進行し始めるものというべきである。

しかして、その不法行為の発生は、前述のとおり、少くとも昭和三七年八月一六日以前であるから、その時より三年を経過した時に消滅時効は完成し、本訴の提起時である昭和四〇年九月二四日には右不法行為による損害賠償請求権はすでに消滅しているのである。

二、前記離婚請求事件については財産分与の判決がなされている。しかして離婚の際の財産分与に当つては離婚による一切の事情を考慮し、当事者間の財産上及び精神上の総清算がなされていることになつている(たとえ分与の額が少いときでもそれは問うところではない。)ので、その財産分与のなされた後には、もはや離婚による慰藉料の請求はこれをなしえないものというべきである。よつてこの点からも原告の本訴請求は失当である。

立証(省略)

理由

請求原因第一項の事実及び原告が被告に対し、離婚並びに原被告間の実子教子の親権者及び監護者を原告と定めること等を求める民事訴訟を提起し、昭和四〇年二月二四日、原告と被告を離婚する、原被告間の長女教子の親権者及び監護者を被告と定める等の趣旨の判決があつたことは当事者間に争のないところである。

成立に争のない甲第一一号証の三、甲第一二号証の二、乙第一号証の一二、証人富田サツエ、同八田登代美の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、請求原因第四項(イ)乃至(ニ)掲記の各事実、請求原因第五項掲記の事実、並びにこれら同居に堪えないような虐待を受けたため、右離婚訴訟当時原告は被告に対する恐怖感をいだき被告と婚姻関係を将来にわたつて継続する意思をなくしていた事実、これら被告において責を負うべき事由により離婚の判決がなされるに至つた事実を認めることができる。右認定に反する証人野中キワ、同今村栄勝の各証言、被告本人尋問の結果並びに乙第一号証の四、五、七、一〇の各記載内容は措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。

以上認定したところから見ると、原告が右離婚により精神上相当の打撃を受けたことは自ら明らかなところであるから、被告は原告に対しその精神上の損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

被告は右慰藉料請求権はすでに昭和四〇年八月一六日に消滅時効によつて消滅したと主張し、右慰藉料請求権が一種の不法行為による損害賠償請求権であるとすることは一応肯けるところとしても、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知つた時から進行するものであるところ、被告主張の消滅時効の起算点たる昭和三七年八月一六日に原告が本件損害を知つたという点についてはなんらの主張も立証もない。凡そ離婚による精神的損害は離婚という事実が現実となつてこそはじめて確実に実感されうるものであること経験則上明らかであるから、離婚の決意乃至は予測はあつてもたんなる別居状態、ことにその産みの子と将来生活を同じうしうるや否やが未定の状況のもとで精神的損害を確実に知りうるものとは思われない。本件弁論の全趣旨によつても原告が本件損害を右昭和三七年八月一六日に知つたということは到底認め難いところである。よつて被告の右抗弁は採用できない。

被告はまたすでに原被告間の離婚事件について財産分与の判決があつているから離婚による慰藉料請求はなしえない、と主張する。そして右離婚事件において財産分与の判決があつたことは当事者間に争がない。しかしながら、離婚による財産分与請求権と慰藉料請求権とはその本質を異にし、それぞれ別個の目的をもつものであり、それぞれ別個の手続によるのを本則とする。財産分与に当り、離婚原因たる有責事情が参酌されたからといつてその財産分与が慰藉料の弁済そのものであると考えることはできない。制度上その一あるが故に他を許さないとする明確な定めはなく、講学上かく解すべしとするいわゆる包括説の立場は我国の実情に則しない論理の遊戯に類し、当裁判所の採らないところである。よつてこの点に関する被告の主張は採用しない。

よつて慰藉料の数額について判断する。

一、前段認定の各事実

一、前記甲第一一号証の三、甲第一二号証の二、乙第一号証の一二、成立に争のない甲第二乃至六号証、証人富田サツエ、同八田登代美の各証言並びに原告本人尋問の結果によつて認められる請求原因第二項、第三項の事実

一、前記乙第一号証の一二、その他弁論の全趣旨によつて認められる被告が現に年三八才で九電検針員として月収三万五、六千円の収入があり、原被告間の実子教子を養育することとなつたこと、原告が現に年三九才で料理店従業員であり、原告との結婚は再婚であり婚姻期間は三年位の短期であつたが、右教子を出生し、その引取養育を熱望していたのにこれと別居せざるをえなくなつたこと、離婚の判決において被告に責任ある離婚原因をも参酌された上で洋服タンス一棹、整理タンス一棹、水屋一個の財産分与を受けたこと。

以上の諸事情を併せ考えると、本件慰藉料の額は金十五万円とするのを相当と認める。

そうすると、被告は原告に対し金十五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四〇年九月二九日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があることが明らかである。(原告は訴状送達の日からの遅延損害金を請求するけれども訴状送達の日に履行遅滞があつたことについてはなんの主張も立証もないからこの部分の請求は失当である。)

よつて原告の本訴請求を右の範囲において正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。

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